日本のほっとする家

日本のほっとする家

by Kevin R Burns
(Odawara, Kanagawa)

日本のほっとする家

The House that Ikumi & Kevin Built

壁紙が薄いアパートに約8年間暮らし、朝の息が見えたりトイレの氷が少しずつ崩れて小さなボールマンが見えたとき
もうたくさんだ!と私は日本に家を建てる決心をしました。
私達はカナディアンハウスが欲しかったのです。少なくともカナディアンスタイルの家が欲しかったのです。
日本の神奈川県に、私達はカナディアンハウスを立てたのです。トイレもバンクーバーから取り寄せました!
私が毎朝見ていた小さくて可愛らしいボールマンはカナダ人だったのです!バンクーバーのリッチモンドにある
素敵な店から来たライト、イケアの家具、そして家の材料はリッチモンドから取り寄せました。床にはオークの木を2×6、
階段用の松の木と桜の木の板、これらはクローバーデイルにあるウェストウッドという会社からです。
ウェストウッドはもう存在していません。ほとんどのビジネスが日本で終わったころバブルがはじけたのです。
ウェストウッドはバブルで崩壊しました。私達は家族のために家を建てるだけでなく、仕事をするための家を

立てたかったのです。すでに小さなお店と小さな英会話スクールを経営していましたが、私達はお店、レストラン、
バー。そして家以外の場所に英会話スクールを持とうと考えていました。日本では土地がとても高いのです。
つまり住んでいる場所以外でビジネスをするのはもったいないのです。また、電気代や税金などが差し引かれることも
考慮しなくてはいけません。日本は中小企業にはいいのです。ですから私達はそれを強調した家を作りたかったのです。
左側に家の写真があります。
日本の家  私達がどうやってこのクレイジーな考えを持ったか。
私達は雑誌で同じような家を見ていました。妻と私の両方がこのスタイルを気に入ったのです。
しかしそれは2階建てでした。私は私が行く至る所をじっと見つめました。私は185センチ以上身長があるので
注意しなければいけません。私は城と呼べるような家が本当は欲しかったです。私でも入れてしばらく世界に
鍵をかけられるような場所です。家族の成長のためにも(現在3人子供がいます)2階建ては欲しいと思いませんでした。
少なくとも3階建てが欲しかったのです。
そのうえ、私は個性のある家を作りたかったのですが、地震の脅威を考慮に入れました。煙突が出ていて、中に
地下室がある家、より強い基礎の地下室を作りました。地震に対して安全な家を作る、シンプルなスタイルが必要なのです。
これでは退屈すぎます。私たちは大きな地震の危険にさらされるでしょう。日本の関東地区で起きた最後の地震が
どこの断層だったか、私たちは見ることが出来ます。1923年におきたこの地震で10万人以上が亡くなり、再び
襲ってくるといわれる期限を過ぎています。

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